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空中キャンプは韓国・ソウルにあるカフェ。
イベント「すばらしくてNICE CHOICE」は2007年から定期的に行われており、主催スタッフはもとより、地元アーティストをはじめフィッシュマンズにゆかりのあるアーティストが集結するイベントです。

空中キャンプ http://kuchu-camp.net/

< history of 空中キャンプ presents ”すばらしくて NICE CHOICE”>

- vol.1 2007.03.16-17 - ハナレグミ(w/原田郁子、Pすけ、曽我大穂)
- vol.2 2007.12.14-15 - Sokabe Keiichi(w/上野智文、大塚謙一郎、オータコージ)
- vol.3 2008.03.14-15 - Bonobos(w/ ニシカワイチゾウ)
- vol.4 2008.11.07-08 - キセル(w/エマ-ソン北村、広津)
- vol.5 2009.03.06-07 - HAKASE-SUN+MARIMARI+箱(次松大助)
- vol.6 2009.07.11-12 - Bonobos - 「裸の錬金術師ツアー」記念 Special Live(w/佐竹)
- vol.7 2009.11.27-28 - ハナレグミ : 原田郁子 : おおはた雄一(w/Pすけ、曽我大穂、出射慎二)
- vol.8 2010.03.26-27 - otouta:Hicksville (w/鹿島達也、葛西敏彦)
- vol.9 2010.07.01-04 SPENCER(a.k.a.大谷友介) (w/芳垣安洋、曽我大穂、出射慎二)

空中キャンプスタッフコメント↓

inzo

「韓国の空中キャンプという場所は、音楽と酒と人、そしてフィッシュマンズが好きな仲間たちが集まってつくったカフェです。「毎日こんなに酒を飲むのなら、バーをつくろう!」と冗談で言ったことから、本当にバーができ、「キャンプで私たちの好きなバンドがライブしたらいいなあ……」と言ったことから、本当にライブが実現してしまいました。そのように、奇跡のように冗談のようにSNC(すばらしくてNICE CHOICE)のライブが、そして空中キャンプの毎日が今まで持続し、とうとうフィッシュマンズまで来ました。あ、フィッシュマンズですかね……。

生活は相変わらず大変で、歳をとるごとに人々は、それぞれ抱えている事情も変わっていきます。奇跡の瞬間がだんだん、遥か昔のことのように感じられたりもします。それが私にとって、何かへの興味を奪ったりもします。しかしそんな瞬間、多くの顔を思い出します。笑っている顔、泣く顔 、幸せな顔、寂しい顔、ただすれちがう顔、心配する顔、おいしがる顔、じれったい顔、申し訳ない顔、ありがたい顔、顔だち……。とてもたくさんの良い人たちに出会い、とても幸せだった瞬間を空中キャンプで感じました。その瞬間や、一緒にいた仲間がいたから、大変なことがあっても手を離さないでいることができたと思います。私たちの心に流れるこのリズムの中に、まだ、もっと、歩きたい気分。そんな気分です。今度はどんな顔たちに出会えるのか、どんなフィッシュマンズに出会えるのか、どうしようもなくドキドキしています。

So fishmans!

go

2002年2月、笠森霊園。佐藤に会うため会社を転職し、日本へ出張に行った。横浜から道を尋ね尋ね進み、6時間くらいかけて到着した。当時、知っている日本語は「ありがとう」と「こんにちは」ぐらいだった。CDPからは『just thing』が流れていた。「気の合う人に/また会いにゆけば/心も晴れるし/心も閉じる」。吸わないタバコを1本吸い、韓国から持ってきた焼酎で飲福、佐藤の側に置かれているメモリボックスの中の写真やメモを読んでいたら、いつの間にか夜になった。そろそろ帰ろうか。墓地の門も閉まってしまった。バスも終わってしまった。誰もいない。まだ冬で、ちょっとゾクゾクするような気分になった。「どうしよう……」。そのとき車が一台止まった。「終わりました?」。おかしな英語と日本語で「終わったけど門は閉まっていませんよ」と答えた。遅い夜、墓地から歩いてきた日本語を話せない人って、ちょっと怖がっているかもしれない。彼ら(マシモさんとノリコさん)と一緒に再び佐藤に会いに行った。そして彼(彼女)のレンタカーで東京に戻り、彼(彼女)の家でフィッシュマンズを聴きながら、朝まで飲んだ。次の日は井の頭公園で、1999年3月から東京でフィッシュマンズナイトを開催しているSと出会った。フィッシュマンズ関連のネットサーフィンをしていたところ、彼のホームページを見つけ、勝手にメールを送ってみたのだ。「ビール一杯どうですか?」。吉祥寺の「Kuu Kuu」で、フィッシュマンズを聴きながらたくさん呑んだ。朝目を覚ますと、Sのソファーの上だった。このような小さな偶然と繋がりが重なり、今まで数多くの人や風景に出会ってきた。フーコとスギヤマの「やるしかない」、HONZIとこだまさんと小暮さんと蔡君などの「がんばってね」、スミヨシさん、ミタさん、rock.jpの仲間たちを始めとし、フィッシュマンズを通して出会ったひとりひとりの、あるいは全員の温かい心は、2003年度の秋、「カフェ・空中キャンプ」をつくるのに大きな力になった。うん、そんな時間でした。

黒いビニール袋のような人生と世界において、小さな風穴となったフィッシュマンズは1990年代、音楽シーンの奇跡であっただけでなく、空中キャンプの多くの仲間にとって、「この胸のリズムを信じて」生きていけるようにしてくれる、心の中のエネルギーだった。10年を超える過ぎ去った時間、いつも僕たちのそばで、そういうふうに生きてもいいよと笑いながら、時には悲しそうに話しかけてくれた。笑と涙はいつも、別の笑と涙を誘う。最初はフィッシュマンズをきっかけに、フィッシュマンズを思い出し共有するために集まったのだが、時間が経つに連れて、フィッシュマンズだけでなくフィッシュマンズを好きな友達が好きになり、日常の中で“フィッシュマンズ的”なものを発見できるようになった。そのようにそれぞれを頼り、抱きしめながら、だんだんそれぞれにとって日常的であり特別な存在となってきた。少しずつお金を貯め、カフェをオープンし、中古アンプと中古スピーカーを準備し、イベント経費を整え、会社でもらった給料で家賃を出した。あえてカフェ空中キャンプの近所に引越ししてきた仲間もいた。財政的に不安定な状況で、オ―ナ―とか代表がいない水平的で円形の共同体を維持するため、空中キャンプのスタッフみんなは悪戦苦闘していることも事実だ(参考までに空中キャンプの時給は130円程度)。少しずつ年をとるにつれ、結婚、会社、健康、個人事情、人間関係などの理由で物理的・心理的に離れてしまった仲間も増えている。空中キャンプがこれからいつまで続けられるのか分からないが、佐藤ちゃんが言った通り、くよくよ言い訳したり適当な妥協をすることなく、自分が信じることをずっと続けるぐらいの覚悟はしている。今までそうしてきたように、エブリデイ・ピクニック、エブリナイ・ドリンキングしながら、愛らしくてつまらない人々と、楽しく悲しく無意味で踏んだり蹴ったりで騒がしい人生を、ずっと生きていくだろう。ひとりでは大変だろうが、横に誰かが一緒なら難しいこともないと考える。

この10年間、空中キャンプ+フィッシュマンズとともに行った、「時には気分、時にはスマイル、 時にはロマンス、時には空、時にはtrip、時にはtravel」などは、今や僕らの人生そのもの(life as such)となった。多くの人がフィッシュマンズを過去完了時制で話すけれど、空中キャンプにとってフィッシュマンズはいつも現在進行形だった。いつも「これから始まる」と考えてきた。これこそが、空中キャンプが今まで「夜のスキマにKiss」を投げることのできた理由となった。お互いを結ぶ「見えない力」と、「そっと運命に出会い、運命に笑う」人々の間のエネルギーの循環は、「小さな祝福の灯がともって小さな時間の輪がまわり」、空中キャンプのネットワーク(星座)をより確かなものとした。そのひとつの例として、「すばらしくてNICE CHOICE」(というイベント)を挙げることができる。2007年3月、フィッシュマンズナイトを記念し初めて開催されたこのイベントを通し、今までハナレグミ、原田郁子、Pすけ、曽我大穂、曽我部恵一、ボノボ、キセル、エマーソン北村、HAKASE-SUN、マリマリ、次松大助、おおはた雄一、OTOUTA、ヒックスヴィル、鹿島達也、オオヤユウスケ、芳垣安洋など日本のアーティストたちや、韓国のインディーズミュージシャン、そして空中キャンプの仲間とイベント参加者たち(空中キャンプでは「観客」という言葉はあまり使わない)が一緒になって、「空中キャンプマジック」もしくは「奇跡の瞬間」を満喫してきた。普段は誰もいない100kmだけのからっぽである空中キャンプも、この時だけは愛と笑いのエネルギーでいっぱいになる。

先週、梅雨の音聞いてる普通のあつい夏の午後、フィッシュマンズ20周年を記念する1冊の本が到着した。空中キャンプの仲間とDVDを一緒に見ながら、「ははは、ハカセ、飲みすぎ!」「オジケン、やっぱりね!オジケンがいたフィッシュマンズが面白かった」「譲さん、会いたい~♡」「欣ちゃん!!! 早く来て!!!」「ZAKさん、言い返すまでもなく最高!!!」とか話した。そうしてお互い笑いながら、知らぬ間に涙を流した。いまだにフィッシュマンズはドキドキする。これからもそうだろう。今年10月には、10度目のSNCが開催される。空中キャンプとしても10度目の秋だ。秋には特に『SEASON』が良い。「うれしいような/さみしいような/風邪薬でやられちまったみたいな/そんなそんな気分で」走ることもできるしね。2002年秋のエネルギーが、2003年度に「カフェ・空中キャンプ」を生み出し、2006年秋の「空中キャンプ組合」のエネルギーが、2007年春SNCを開催させた。2010年秋はどうなるのか……? じゃ、とりあえず、飲みましょうか。そして、そんなそんな気分で走りましょう!もうすぐ秋だしね。

乾杯!

radio

フィッシュマンズをどのように知ったかと聞けば、周囲の人たちは普通『ナイトクルージング』や『いかれたBABY』を聴いて好きになったと話す。でも私はフィッシュマンズに、まず文章を通じて出会った。最近のようにインターネットが発達していない時期だったから、新しい音楽情報を得るには、パソコン通信の音楽コミュニティーの掲示板や、雑誌のレビューに頼るしかなく、その音楽について知ったとしても、実際に購入して聴くことは簡単ではなかった。フィッシュマンズも同じだ。誰かが彼らを紹介した雑誌の文章を偶然読んだ瞬間、聴きたいという好奇心に悩まされたけど、実際はCDを買うことができず、ジャケットのイメージとその文章から想像される音を、ひとり頭の中で再生する他なかった。やがて『空中キャンプ』と『ロングシーズン』のCDを買えることになり、そうして初めて聴いたフィッシュマンズの音楽は『ずっと前』だった。「いつもそばにいる幸せは/ある意味そんなもんで/ある意味ひとりぼっちのものなんだよ」。私の心を静かにノックした、フィッシュマンズとの初めての出会いだった。それから十数年間、私は、フィッシュマンズを知っているという縁で多くの人と会い、多くのことを体験した。ある人は今でも会っているし、ある人は遠くへ去っていった。季節はいくつか過ぎ、歳もとった。ミラーボールの下で夢を見たりもしたけど、いつの間にか忘れてしまった……とても昔のことのように。今、そのCDを再び手にとり、フィッシュマンズと文章を通じて出会ったあの瞬間を思い出してみる。頭の中で想像していた音楽が現実のものとなり、いつの間にか皆の心に残っている多くの思い出が、再び増えていくことを期待しながら。

ソン・ジョンダル

興味があるか、ないかを離れて、フィッシュマンズという名は、ある時間についての記録、というような感覚を受けます。15年前に初めて紹介されたフィッシュマンズは、明らかに聞きなれない名前だったけど、21世紀を目の前にした当時、若者たちが世紀末という時間を記憶する際に、最も似合うバンドとして彼らの心に残り、またそれに長い時間はかからなかったようです。そしてそこで突然、終わりがやってきました。 フィッシュマンズにとって、これ以上の時間が存在する理由はないと考えたのかもしれませんが、今は21世紀。みんなが大人になりました。フィッシュマンズとともに大人になった若者たちにとって、過ぎ去った10年はどんなことがあった時間なのか?終わりではなかったミッシングリックを探しに、もう一度、記録しに出かけましょう。

鄭又榮

1999年3月。僕は片手で傘を持ち、片手で友達からの電話を受けました。佐藤伸治が亡くなったとの知らせでした。まさか、そんなことあるわけない、と話しながら、傘を落としました。雨が降っていました。世界は納得できないことであふれており、偶然なのか運命なのか決めてくれと強要してきます。偶然であることが多いです。しかし、運命だと思いたい時が、偶然だと思う時よりも少ないとは言えませんでした。フィッシュマンズが好きな人と出会ったこと、その人たちが素敵な人たちだったこと、空中キャンプを始めたこと、10年以上続いていること、この全てが偶然だったでしょうか? 運命だったでしょうか? ただ、たった1日のために、全てが運命だと思ってもいいだろうと考えました。フィッシュマンズが韓国でライブをするその日です。その日、手から落として壊してしまうにはもったいないものがあるとしたら、持ってこないでください。

漫談家

あなたが19あるいは23なら、8月の日差し、西の空、棕櫚の木、どきどき、白いスニッカーズ、空っぽの運動場、鳥の羽根の雲、細い雨粒たち、公園のベンチ、4月の月の夜、バスで散歩、安否を尋ねる簡単なメール、小さな微笑、横道と曲がり角、点滅する街頭、毛細血管、サクランボの実の香り、小指、甘い嫉妬たち、滑走路にいっぱいの飛行機、あなたが27あるいは31なら、日曜午後4時、手のひらいっぱいの花粉、力に余る緑色たち、秋の梅雨、古い外套、灰色の屋上、眩暈のする電線、耳の中で折れてしまった綿棒、割れた歩道ブロック、いつも不慣れな証明写真、手相のような昔の友達たち、数多くの角、アラームの音、よく解ける靴紐、酒の席から逃げるように飛び出し乗ることになる深夜タクシー、冷やかすように踊る明かり、知らない名刺たち、二日酔いで眺める天井、しなければよかった話たち、飛行機で使われる金属で作られたというラーメンの鍋、そして結局あなたが37あるいは19なら、まったく、19だなんて……。

あなたが忘れてしまったものが何なのか話しかけてくれるバンド、そして「大丈夫だよ」と話しかけてくれる夢のようなバンド。そうだ。

フィッシュマンズだ。

イボゲップ

2005年に僕が韓国に来た時には、フィッシュマンズはもうすでに先に韓国にいて、言葉が違うことなど関係なく、この国の人たちなりの聴き方で、この国の人たちなりの愛され方をしていた。まさに「Good Musicは時空をたやすく超える」っていう言葉を証明するかのような光景を目の当たりにしてとても驚いたし、僕の大好きなフィッシュマンズを好きな人がここにもいるっていうことが、とてもうれしかった。

韓国で聴く生のフィッシュマンズ、日本で聴くのとはまたちょっと違う「魔法」がかかっちゃうんだろうなあ・・・。

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